家族のモノにイライラした時の対処法とは?
主婦が断捨離を始めると、必ずとはいかないまでも、よく通る道、それは「家族のモノに目がいき、捨てたくなる」ことだと思うのですが、みなさんはどうでしょうか?
断捨離を始めて暫くの間は、自分の不要なガラクタ達の処分も着々と進み、モノが減るにつれて、気分も(心の中も)晴れ晴れ、「断捨離サイコー!」なんて張り切っていた紡子です。
ところが、自分の不要なモノが少しづつ減っていくにつれ、新たな難関にぶち当たってしまったのです。
そう、その難関とは、もちろん「家族のモノがガラクタに見えてしまい、捨てたい衝動に駆られる」こと。
今日は、家族の中で断捨離を頑張っているのは自分一人、家族の持ちモノが不要なモノに見えてしまい、イライラしてしまう。
そんな方に向けて、【家族のモノが捨てたくなる場合は、どうすればいいのか】を、紡子の経験を踏まえ、お伝えしたいと思います。
家族のモノにイライラしてしまう時に、必要なのはたった1つ、【視点を変える】こと
家族のモノに手を出してしまいそうになった場合の対処法はただ一つです。
【自分(の考え)を変えること】これしかありません。
他人を変えることはできない(難しい)ですが、自分を変えることなら簡単(でもないかな)にできます。
家族のモノにイライラしてしまう原因は?
イライラ原因その1:自分の思うように事が運ばない(片付かない)
家族のモノにイライラとしてしまうのは、自分にとっては不要なモノなのに、そこにあるからです。
自分のモノであれば、さっさと捨ててハイ終了、あっという間に片付けが終わってしまいそうなのに、家族のモノなので勝手に捨てるわけにはいきませんよね?
「捨てたいのに捨てられない」、これがイライラしてしまう原因の1つではないでしょうか?
イライラ原因その2:自分は(部屋・家をキレイにするためにこんなに頑張っているのに、家族が協力的ではない
人間誰しも、自分の事を認めてもらいたいですよね。
「自分はこんなに断捨離を頑張っているのだから、家族にも少しは協力してもらいたい」って心の隅で思っていませんか?
イライラ原因その3:(家族の持ちモノに対して)ときめかない
自分のモノではないので(当たり前ですが…)、好きとか、ときめきとか、思い出があるなどの感情がありません。
自分にとっては、ただのガラクタ、不要品(だと思っている)なので、捨てたいのですが、捨てる権限がない(家族のモノなので)ため、捨てたいのに捨てられないというジレンマが生じて、イライラしてしまうのです。
家族のモノにイライラしてしまう原因は、自己中心的な考え方をしていたからでした
家族のモノを捨てたい(自分にとってはただのガラクタのため)のに捨てられない(自分のモノではないので…)、どうして捨ててくれないの?
数年前までの紡子は、夫や息子に対して、いつもこんな思いを描いていました。
紡子はこんなに頑張ってモノを捨てたのに、アレとコレ(夫のモノや息子のモノ)があるせいで、部屋が片付かない(イライラ!)
でも、これってよく考えてみると、自分が主体だと思いません?
【自分は捨てたいのに捨てられない】【自分が頑張って断捨離しているんだから、家族も協力するべき】
片付けは家族のために頑張ってしていると思っていたのですが、実は自分のために頑張っているということに気がついたのです。
家族のモノにイライラしなくなるために、努力したこととは?
自分自身のことに専念することです。
家族のモノにイライラした時に、こんまり本、カレン本を何度も読み直しました。
どちらの本にも、「家族のモノに勝手に手を出してはいけない」と書かれています。
「家族のモノが気になる時は、自分のモノを見直せ」とも。
❀こんまり本の感想はこちら→こんまりさんこと近藤麻理恵さんの「人生がときめく片付けの魔法」を読んだ感想。 - 七夢日記
❀カレン本についてはこちらで書いています→断捨離停滞中のあなたへおすすめ。カレン・キングストン著『ガラクタ捨てれば自分が見える』の感想は? - 七夢日記
自分のモノだけを集中して片付ける
こんまりさんの本にも書いてありますが、家族のモノが気になる時は、自分のモノでまだまだ捨てられるものがあるということです。
「いえいえ、私のモノ(不要なモノ)は全部処分しましたよ」と思いますか?
紡子も、そう思っていました。
でも、よくよく自分のモノを見直してみると、まだまだ捨てられそうなモノがあったんです。
どうしてこんなにまだ捨てられるモノがあったのに、捨てるモノがないなんて思っていたのでしょう?
理由として思いつくのは、「残す」か、「捨てる」かの判断をした時に、「残す」の判断をしたモノだったので、見直してみるまで不要なモノであることに気が付かなかったこと。
人間の気持ち(考え)は、変化していくもの、一度は残すと決めたモノでも、いざ見直してみると「捨てる」という判断に変わることも…あります。←紡子だけかもしれませんが。
自分のモノの断捨離が終了していないことに気づいてからは、家族のモノが気にならなくなりました。
そりゃそうですよねー。
自分の不要なモノを捨てきれていないのに、家族に捨てろとは言えないですからねっ。
家族のモノが気にならなくなってからは、余計なストレスがなくなりました。
家族一人一人のテリトリー(縄張り)を作った
テリトリーなんて言うと大げさですが、要は、家族の各自のモノを保管する場所を作ったのです。
例を挙げると、リビングルームには夫のモノのテリトリーがソファの右側にあります。
サイドテーブル(引き出し2段)を置いていて、そこに夫のモノ(リビングで必要なモノ)すべてが収まっています。
また、息子のおもちゃ入れや本棚・ミニ机がソファの左側にあります。
この場所は、管理人は息子なので、自分で、整理整頓をしています(私には適当に置いているようにしか見えないのですが…)。
人間おもしろいもので、自分の場所はけっこうキレイに使おうとするんですね(笑)
自分のテリトリー(自分にとって居心地の良い場所)が家の一角にあると、他の共有部分が多少、散らかっていても、あまり気にならなくなりました。
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「家族のモノにイライラした時は、自分のモノを見直せ」
断捨離本によく書いてあることですが、実際に経験してみて、「確かに!」と思った紡子でした。
家族のモノにイライラした時は、自分自身に問いかけます。
「私のモノは本当に必要最小限? ミニマリストと堂々と名乗れる?」
答えは、今のところ常にNOです。
この答えがYESに変わる頃には、家は相当片付いていることでしょう。
この時になって始めて、家族に「それ、捨てれば」と言えます。
でも、きっとその頃には、「それ、捨てれば」と言う必要もないような気がします。
だって、家族もきっと、不要なモノを捨ててしまっているでしょうから…。
自分が変われば、他人(家族)も変わる。 そんなことを本気で信じている紡子なのです。
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